Ziggy Films '70s
バードシット

監督:ハル・アシュビー (Hal Ashby)

1929年9月2日生まれ アメリカ/ユタ州オグデン出身

1988年12月27日逝去

『夜の大捜査線』(1967)でアカデミー賞編集賞受賞


ハル・アシュビーはユタ州で酪農を営む家庭に生まれたが、両親は 離婚、父親が自殺するなど幼少期に辛い体験をした。高校時代には結婚、離婚を経験。19歳の時、カリフォルニアに向かいユニバーサルスタジオで撮影所の仕事を見つけた。さまざまなスタジオで映画編集のアシスタントを経験した後、1967年アカデミー編集賞を獲得した『夜の大捜査線』で一気に才能を開花、70年に『真夜中の青春』で監督デビューを果たした。

その後、自身の経験も色濃く反映されたと思われる、繊細で過激な少年の心をみずみずしく描き出した本作『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』や撮影所時代からの友人ジャック・ニコルソン主演の『さらば冬のかもめ』(73年)、ウォーレン・ビーティとゴールディー・ホーンの魅力を抜群のセンスで引き出した『シャンプー』(75年)、ボブ・ディランにも影響を与えた偉大なフォークシンガー=ウディ・ガスリーの生きざまとアメリカの影を音楽と映像で描いた『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』(76年)、ベトナム戦争の傷跡を市井の夫婦の物語に織り込み、深みのあるドラマに仕立て上げた『帰郷』(78年)、誠実な庭師の姿を借りて政治やマスコミへの風刺を散りばめた『チャンス』(79年)と今に語り継がれる名作を次々に送り出し、70年代を代表する監督の一人となった。

82年には「まるでコンサート会場にいるよう」と絶賛された『ザ・ローリングストーンズ』でその手腕を発揮するが、プライベートでは孤独感から逃れるために薬物に依存し、隠遁生活を送るなど、生活は破たんしていった。何度も立ち直ろうともがきながら『スラッガーズ・ワイフ』『800万の死にざま』などを製作したが癌を発症し、闘病の末、1988年惜しくも59歳でこの世を去った。

<監督>

『800万の死にざま』(1986)『スラッガーズ・ワイフ』(1985)『ザ・ローリングストーンズ』(1982)『大狂乱』(1982)『チャンス』(1979)『帰郷』(1978)『ウディ・ガスリー わが心のふるさと』(1976)『シャンプー』(1975)『さらば冬のかもめ』(1973)『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』(1971)『真夜中の青春』(1970)

<編集>

『華麗なる賭け』(1968)『夜の大捜査線』(1967)『アメリカ上陸作戦』(1966)『シンシナティ・キッド』(1965)

7月3日(土)より 『バード★シット』
7月17日(土)より『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』
新宿武蔵野館にて2作品連続ロードショー
その他、全国順次ロードショー 詳細はこちら

配給/日本スカイウェイ、アダンソニア    配給協力/コミュニティシネマセンター     宣伝/メゾン

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TEL 03(3354)5670     http://shinjuku.musashino-k.jp